Scribble at 2024-03-20 15:12:05 Last modified: 2024-03-20 20:03:08

オンラインのリソースというのは、少し込み入ったことを調べ始めると即座に尽きてしまう。たとえば、いま6世紀にあった制度とか生活習俗とかを調べているのだけど、日本史で「部民制」というのを習った覚えがある方は、いちど調べてみるといい。Google で「部民制」を検索すると、ヒットするページは(設定にもよるが)200ページ足らずであり、しかも検索結果の半分くらいは『国造制・部民制の研究』とか『研究史 部民制』という書籍の商品ページである。そして、残りはウィキペディアのエントリーや Yahoo! 知恵袋や素人のブログ記事、あるいは地方公共団体のサイトで史跡を紹介しているページくらいで、簡単に言うと古代史や歴史学のプロパーが「部民制」について記述しているページはゼロ、つまり全く存在しない。(但し、J-STAGE で公開されている論文は幾つか見つかる。)

これはつまり、部民制という古代の制度について、たとえば意欲ある高校生が専門的な勉強をしたいと思ったり、あるいは学部生が素養として何かを学ぶにあたって、ウェブというメディアは完全に無意味であるということだ。いや、部民制について調べるための情報とかヒントさえあればいいんじゃないかというかもしれないが、それだけのことなら50年前でも公共図書館や学校の図書館で同じことはできたはずだ。実際、僕はそうやって中学時代に大学生が読む教科書を借りて考古学の勉強をしたし、それどころか町中の書店で眺めた本の参考文献にすら多くの情報が掲載されているものだ。

もちろん、特定の話題については非常に多くの情報が見つかる。それは否定しないし、いまやオンラインで情報を発信している時代なのだから、そもそも一次ソースがウェブ・コンテンツということも多々ある。Twitter で宣戦布告したり、外交的な牽制として放言を言い放ったりしているくらいだ。よって、僕はインターネットはゴミクズだとか(まぁ大半がゴミクズであることは否定しないが)、無意味だから利用するなとか言いたいわけではない。しかし、やはりどう考えても学術研究やまともなレベルの学習、そして人として善く生きるために必要な見識や情報は圧倒的に不足していて、しかも増える見込みがないというのは確実に言えると思う。実際、僕はいまのすがたの「インターネット」なり「ウェブ・コンテンツ」なり「オンライン・サービス」というものは、かなり変質していくだろうと思っているのだが、なんにせよ50年後に「部民制」を検索しても、既存の百科事典をコピペしたようなページだとか、勉強不足のコタツ記事ライターども、あるいは既存のリソースから情報をかき集めて適当な作文をしている生成 AI が吐き出したページくらいしか見つからないだろう。

もちろん、だからといって日本史や古代史のプロパーに恥を知れと言いたいわけでもない。プロパーの責務は学術研究と自分が所属する組織での教育活動にあり、オンライン・コンテンツなどしょせんは道楽にとどまるし、とどまるべきである。これを指して、アウトリーチも研究者や埋蔵文化財行政職員の義務だとか、果ては彼らの研究成果をオンラインで公表することこそ「民主主義」だなどと傲慢なことを言う手合もいるだろうとは思うが、プロパーにそんな義務はない。そもそも自由や知識にかかわる権利というものは自ら求めるべきものであり、大学教員に新書などの通俗本や YouTube などで解説してもらうような類の上げ膳据え膳で手に入れたり維持するような類のものではないのだ。

そして、プロパーの解説を読めるならそれでいいかというと、そういうわけでもない。たとえば、具体的に吊し上げて気の毒だが、狩野久氏による「部民制・国造制」(『岩波講座 日本通史 第2巻 古代1』、1993 所収)などを読んでも、部民制「に関する学説の評価」をあれこれと論じているだけで、部民制とは結局のところなんなのかという著者なりの見解が全く書かれていない。これでは、「部民制」と呼ばれている何かについての議論という他になく、幽霊の偏食について議論しているようなものだ。ひょっとすると幽霊にも食べ物の好き嫌いはあるかもしれないが、それは定義の問題にすぎないのだから、定義を言わずに是非を議論することなど無意味である。それと同じで、部民制について定義をせずに部民制の小さな論点について是非を議論されたところで評価のしようがない。そんなことは部民制の定義が変われば評価も変わってしまうような話だからだ。更に、この狩野氏は『新版 [古代の日本] 5 近畿 I』という本の中でも「畿内の渡来人」という論考を書いているのだが、ここでも論旨のはっきりしないことを書いている。

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