2018年02月05日に初出の投稿

Last modified: 2018-02-05

現状、仮想通貨(というか、仮想通貨というだけなら地域通貨や社内チケットでも言えることなので、端的に言えばビットコインを始めとする FinTech の一部として流通しているアレ)の事件の大半はブロックチェインの「理論的な欠陥」ではなく、実装や運営における問題であるという弁解が叫ばれていて、しかるに仮想通貨そのものは押し進められなくてはならないと言われる。

でも、それは理論として押し進めるわけではなく、事業(場合によっては政策)としてじゃないと実効性はないわけだし、何の役にも立たないわけで、学者の頭の中では切り離せていても、現実には不可分なのだ。それゆえ、ブロックチェインは、理論的にはともかく実装としては未解決の問題が多すぎて事業としては展開するべきではなかったと思う。実際のところ、ブロックチェインの実装で必要な「技術」は殆ど情報セキュリティの技術がキーになっているにもかかわらず、情報セキュリティを設計どころかコーディングに取り込むという発想すらない、たかが末端コーダレベルの人間が起業しては失態を繰り返しているのが実情だ。こんな連中が口にするクリエーティブだのイノベーションだのという御託を、われわれ情報セキュリティの実務家が(自分ではサービスに関わっていなくても、社内で質問されるといちいち答えなくてはいけないという無駄な手間がかかるという意味でも)尻拭いしなくてはいけないというのは、全くの徒労である。

もちろん、Satoshi Nakamoto にこのような事態を引き起こした責任などない。こういう愚かなシステム実装で世の中に混乱を引き起こす責任の殆どは、もちろんリクルートや銀行をドロップアウトした起業家や IT ゼネコンからのお手軽スピンアウトといった、金だけはどういうわけかもってる無能な暇人どもである。そして、こういう連中に特有の傾向は、ビジネスモデルという名前の「金廻り」のことしか頭になく、システムの設計という発想がなくて、常にシステムというものはコーディングだけで解決すると思っていることだ。こういう、部分最適化だけが得意な「ものづくりバカ」が日本からいなくならない限り、同じことは幾らでも起きる。

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