2017年12月03日19時09分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-12-03 19:09:54

日本のメディアなんて着眼点そのものが偏ってるか、あるいは大半が学部卒の無教養な連中なので海外メディアの動向を追い回しているだけだから、たとえば夏ごろに話題となった Google のエンジニアによる "Google's Ideological Echo Chamber" という論文のリークと、筆者であるジィムズ・ダモアの(自覚があるのかないのか微妙な)言動をフォローアップするなんてことはやらないだろう。それに、日本のいわゆるブロガーとか物書き連中も、日本人が関心を持たない話題に唾をつけておいて、いざ話題になったときのために、ご意見番を自認するために策謀をめぐらすなんて手間はかけない。出版社が食指を動かさない限りは、彼らのメシの種やプレゼンスの材料にならないからだ。

こうした、しょせんは自意識だけでジャーナリズムや学者をやっている(それなりに東大やアイビーの学部くらいは出ていて秀才かもしれないが、しょせんは)愚かな連中に振り回されていては、いつまでたってもインターネットで莫大なリソースにアクセスしうるという状況を自発的・自律的に活用できまい。情報や知識について、マスコミや無能な学者に依存する時代は終わりつつある。

ということで、やはり検索というものが信頼できるかどうかが肝心であり、そして我々は検索エンジン企業を信頼するには十分な制度も牽制材料も証拠もない。したがって、ネットワーク通信(DNS や NX や CDN やプロバイダ)全体が検索エンジン企業によって操作されているとまでは言えないということくらいは仮定して、複数の検索エンジンを利用したり、一定の信頼が置けるメディアからのリンク先を利用することが望ましいだろうと考える。もちろん、タックス・ヘイヴンの個々の内容は情報漏洩まではオンラインで誰も言及してこなかったし、ジャーナリストですら大半は知らなかったことなので、慎重に管理すれば隠し通せる情報というものは現にある。ネット上に幾らでも情報があるなどというのは妄想であって、機密情報でなくとも、ネットが公衆に普及する 1990 年代中頃までの情報など、個人が回想でも書かない限りは、いわゆる歴史的な価値のある情報しかデジタライズドされないし、オンラインのコンテンツとしても製作・公開されたりしない。

また、検索エンジンの扱いについても、例えば "james damore google" で時系列の検索をかけたみても、サイドバーに彼の記事がリンクしてあるていどの無関係なページが出てきてしまう。最初から関連性の高い結果を選び出しておいて、それらの中から上位 1,000 件を選んで日付順でソートするくらいでないと、オンラインの廃品回収業者になってしまう。

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