2017年10月22日01時01分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-10-22 01:03:16

大規模書店や図書館で経済学の棚を眺めると何度も思うんだけど、世界中の経済学者に真面目に議論してもらいたいのは、「無駄なくらい生産したり消費しないと本当に『経済は回らない』のか、そして経済が回らないと本当にみんなの暮らしは良くならないのか」ってことなんだよね。つまり、どちらもキータームは「経済が回る」だけど、現在は実質として株価や為替が上下するってだけのことじゃん。ということは、実体のない数字が上がったり下がったりするだけで景気とか人々の暮らしが良くなったり悪くなったりするわけで、これはどう考えても錬金術であって裏があるに決まってる。

大昔、それこそ栗本慎一郎や吉本隆明の本が読まれていた頃は、「蕩尽理論」などといって、博報堂+西武セゾングループ+糸井重里というゴールデンチームが大衆の高額大量消費は美徳みたいなストーリーをばら撒いていて、刹那的享楽と気違いじみたハードワークの循環が正義とされていた。売れるものはどんどん売れたし、買えるものはどんどん買えた時代というわけだ。いま、会社で昼ごはんにカップ麺をすすっている気の毒な若者の親の世代(つまり僕ら50代前後)は、都内だと毎日のように平気で料亭や高級割烹の定食を 2,000 円くらい出して食べていた。そうすることが、更に国内の売上をどんどん増やして経済を押し上げると思っていただろうし、実はただの相関にすぎず、そんな浪費が原因ではないのだけれど、なにか因果関係があるかのように騒ぐ経済評論家や官僚や学者が山のようにいたわけだ。バブルが崩壊して「青天の霹靂」だなどと思っていた人たちは、実際のところは一部ではないのかな。現に、そういうことを言って騒いでいた学者や官僚や評論家といった物書きが個人的に投資していて破産したという話は殆ど聞かないからだ。つまり、彼らは最初から景気などとは関係のないところで大学教員をやっていたり官僚をやっていただけだからだ。日本の景気が悪くなったからといって財務省や経産省の役人が罷免されるわけがないし、大学の経済学部が廃止されるわけでもなく、経済評論家や同類のライターが仕事を失うわけでもない。

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